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不老橋は和歌山の指定文化財?アーチ型の石橋とは?

2018/07/27
 
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10代藩主、徳川治宝の命によって
作られたアーチ型の石橋

不老橋(ふろうばし)」

現在は和歌山の指定文化財に認定され、

名勝「和歌の浦」の
歴史ある建造物になっています。

しかし!

ただふらっと見に行っても単なる石橋で
何が凄いのかよくわかりません!

そんなわけで今回は少しでも面白く
観光ができるように、

「不老橋にはどんな歴史があるの?」

という内容をご紹介していこうと
思います!(゜-゜)

不老橋

不老橋は1850年に10代藩主の

徳川治宝(とくがわはるとみ)の命で

建造が開始され「1851年」に
完成したとされています。

関ケ原の戦いで徳川家康が
勝利したのが「1600年」で、

江戸幕府の始まりが「1603年」

江戸城が明治政府軍に
明け渡されたのが「1868年」

つまり不老橋は江戸幕府が始り
終了する間の「江戸時代」の

かなり後半に建造された
橋ということですね!

また江戸時代にアーチ型の石橋は
九州地方でよく見かけられたようですが、

和歌山で建造されたものは非常に珍しい
石橋ということで、

歴史的な価値があるとされています。

不老橋の利用

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何だか江戸時代に造られた「珍しい石橋」
ということが分かったところで、

実際に江戸時代ではどのように
利用されていたのでしょうか?

看板には徳川家康を祀る東照宮の祭礼である

「和歌祭」の時に、

徳川家や東照宮関係の人々が
御旅所に向かうために通行した

「お成り道」に架けられたとありました。

お殿様のおな~~り~~というやつですね!

江戸時代には大規模な「御成り」が
行われていたため、

神様の休憩場所とされていた

「御旅所(おたびしょ)」となる神社

「紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)」

へ向かう「お成り道」として

「不老橋」を利用していたわけですね!

不老橋の見どころ

migisita

看板に

石橋台のアーチ部分については
肥後熊本の石工集団の施工であり、

勾欄(こうらん)部分については湯浅の石工
「石屋忠兵衛」の製作と推定されている。

勾欄部分には、雲を文様化した
レリーフがみられる。

と記載されていました。

「レリーフがみられる。」と
なんだか遠まわしに書かれていますが、

手すり部分に施された雲の彫刻は
特に優れたもので、

不老橋の魅力ポイントと
言いたいわけですね!

まとめ

migisita

江戸時代に造られた歴史的に
希少価値のある石橋で、

徳川家がお成り道として利用し、

手すり部分には希少価値の高い
雲のレリーフが施されている・・・

と考えていくと中々すごい石橋に
見えてきましたね(゜-゜;)

実際に歩いて渡ると
思いのほか傾斜があるので、

お成り道で使うなら木の橋のほうが
便利なのでは!?

と思ってしまいましたが、

徳川治宝は利便性よりも石橋に魅力を
感じていたのかもしれませんね!(゚△゚;)

不老橋の場所は

「鹽竈神社(しおがまじんじゃ)」の

すぐ目の前にあるので
合わせて観光できます。

また、鹽竈神社の裏にある

「鏡山」に登ると

不老橋や和歌浦を見渡せる
景色の良い場所なので、

合わせて行って観光するのが
おすすめですよ!(゜o゜)

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